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市⺠みんなで、花と緑で「Commons(共)」を紡ごう

2024年の市制100周年に向けて、川崎のブランドメッセージである「Colors,Future!いろいろって、未来。」のもと、行政・市民・企業・団体等が共に新しい川崎を考えていく
まちづくりイベント『Colors,Future!Summit 2023』を開催。川崎市役所本庁舎での最後のカンファレンス、そのテーマは川崎の特色でもある「多様性」。景観の美しさやそれを育んできた文化について、自然や植物、アートをキーワードに語り合いました。

  • 涌井史郎(東急不動産社外取締役、造園家)

    涌井史郎
    (東急不動産社外取締役、造園家)

    東京農業大学農学部造園学科に学んだ後、(株)石勝エクステリアを設立。国際博覧会「愛・地球博」会場演出総合プロデューサーはじめ、多くのランドスケープ計画に携わる。国連生物多様性の10年委員会・委員長代理など、国や地方公共団体、各種委員会組織を歴任。現在、東京都市大学特別教授、中部大学・学事顧問・客員教授、愛知学院大学・顧問・経済学部特任教授。1993年日本造園学会賞設計作品部門「ハウステンボスのランドスケープ計画・設計」(池田武邦・涌井史郎)、2017年黄綬褒章。2018 年日本土木学会賞。2023年1月には、新たに2027年横浜で開催予定の国際園芸博覧会グリーン×EXPO・ラボチェアマン(チーフパーソナリティ)に就任した。

  • 蜷川実花(写真家、映画監督)

    蜷川実花
    (写真家、映画監督)

    写真を中心として、映画、映像、空間インスタレーションを多く手掛ける。クリエイティブチーム「EiM:Eternity in a Moment」の一員としても活動。写真家として木村伊兵衛写真賞ほか数々受賞、2010年Rizzoli N.Y.から写真集を出版。最新写真集に『花、瞬く光』。映画監督としての代表作に『ヘルタースケルター』(2012)、『Diner ダイナー』(2015)など。2023 年 12 月 5 日(木)より、TOKYO NODE 開館記念企画として「蜷川実花展 : Eternity in a Moment」を開催予定。

  • 福田紀彦(川崎市長)

    福田紀彦
    (川崎市長)

    1972年4月20日生。川崎市立長沢小学校、長沢中学校卒業後、渡米。米国アトランタマッキントッシュハイスクール卒業。米国ファーマン大学(Furman Univ.) 政治学専攻(B.A. Political Science.)卒業。衆議院議員 秘書や神奈川県議員議員、神奈川県知事秘書、早稲田大学マニフェスト研究所客員研究員を経て、2013年より川崎市長就任。

川崎は「元祖・多様性の街」。

ー2024年から2025年にかけて『全国都市緑化かわさきフェア』が開催される川崎。川崎が持つ自然の多様性や文化の共存についての議論から、セッションはスタートしました。

涌井:

川崎の緑というのはそう簡単にできたわけではなくてですね。戦争前は防空緑地として、多摩川の河岸段丘を緑地として保護したと。これが今の生田緑地です。また、関東大震災の復興のために砂利を採取した土地が、今度は等々力緑地に繋がってくる。首都圏全体で見ても重要な役割を持つ川崎で都市緑化フェアが開催されることは、専門家として嬉しく思います。先ほども言ったように川崎というのは多様な場所なんですね。生田緑地には里山の世界を残したまま街が形成され、市内の中央は近郊農地が宅地になって質の高い住宅地となり、そして都市部には商業地としての歴史を持つ川崎駅。都市緑化フェアのメイン会場になる富士見公園から下には、日本の経済発展の原動力となった工業地帯。地域ごとに違った特徴があって、その土地利用の多様性があらゆる出身の人を集め、さらに多様な川崎文化を作っている。そこに非常に特色があると思っています。このような川崎の多様性について、福田市長からも教えていただければと思います。

福田:

ありがとうございます。涌井先生には8年前から川崎市の総合計画に携わっていただいて、川崎市の総合プロデューサーといっても過言ではないほどお世話になっています。緑についてもですね、川崎市だけの森の話ではなく、神奈川県全体での緑の繋がり――「緑の回廊」のようなものをどうやって作っていくか、その中で川崎市はどのようなことをやるのかについてずっとご指導いただいています。本当に助けられている、とまずお礼申し上げたいと思います。多様性の話になりますが、川崎市は4万8000人で始まった街なんですよ。ご高齢の方に川崎出身という方は少なくて、全国から越してきて暮らしている人が多い。「川崎は元祖・多様性の街」といってもいいんじゃないかなと。この多様性こそ私たちの発展の源であり、多様性を大切にすることでこれまで以上に街は豊かになっていくのではないかな、といったところに私たちの街の価値があると考えています。

涌井:

全くおっしゃる通りだと思います。これからの世の中は感性価値といいますか、自分とフィーリングが合うものに経済価値を作っていく、「経済のソフト化」と呼ばれるような社会の流れになる気がしています。そのときに大事なのは寛容力、つまり違うものをどれだけ許容して受け入れていくか。そういう意味では川崎は寛容力があるな、とハロウィンを見ていても思います。

蜷川:

そうですね。お話にあった川崎ハロウィンのポスターを何年か前に撮らせていただいて、そのときに川崎に遊びに行ったことがあるんです。渋谷のハロウィンともまた違って、すごく川崎という街の特徴を感じました。川崎出身の友人に川崎に連れてきてもらうと、全然東京と違ったカルチャーがしっかり根づいているのがわかって、いるだけでどんどん人の輪が広がっていく。「多様性の元祖」というのを体感して、とても面白いなと思った経験があります。

ー「時代の変化」というワードから、話題は臨海部にある工業地帯へ。

涌井:

多様性の傍らで日本の社会構造は変化しています。工業地帯のある扇島のような「ここはものづくりの場所だ」と市民から意識の外にあった土地が、経済のソフト化という時代の変化に伴って川崎市と一体になっていくのではないかなと。それから今回、どうして富士見公園が都市緑化フェアのメイン会場になったのか。繋ぎ手になろうという一つの大きな動きでもあるだろうと思いますし、東京湾全体の臨海部を考えても川崎が先駆的なモデルになりうるんじゃないか、という気がしています。福田市長に質問なんですが、そうした流れの中で未来の土地利用についてどんな風にお考えでしょうか。

福田:

実は臨海部の立地企業のみなさまには、条例や法令で緑化率というものを決めさせていただいています。ただ工場の生産から切り離された場所に緑があり、有効活用されていない状態でした。しかし今は私どもも「活用できる緑を作っていこう」と企業と行政が一丸となって、企業が土地を出し合って緑地を構築していくという政策を進めています。川崎は100年の歴史の中で、工業地帯の従業員が街で暮らすために住宅地を広げていくという発展をしてきました。これは緑が失われていったという歴史でもあるんですね。今回の新たな市政100周年を境にして、もっと都市の中での緑の価値だとか、あるいは街の中に緑を高めていこうだとか、緑が切り離されることのない世界観を創り上げていかなければと思います。街の持続性を考えても、そうしなければ住めなくなってしまうのではと危惧しています。

涌井:

これから先、何が住むということの価値かというと、健康で快適で安心安全であること。さらにはその個々の幸せを追求して、いいコミュニティが形成されていること。それが非常に望まれるわけですよね。先ほど多様性の話をした際に寛容力が大事だと言いましたが、人が異次元のものを許容する感性を築くには、場合によると花と緑とアート以外にないんじゃないかなと。実花さんはそういう面でそこにチャレンジしているんじゃないかと思いますが、いかがですかね。

蜷川:

おっしゃる通りで、私が作っているアートは結構お花に関わるものが多くて、お花の写真もたくさん撮っています。とても簡単に人種や年齢を超えられるビジュアルなので、ありとあらゆる人が作品を通じて簡単に繋がっていくのを日々体感しています。人と人とを繋げるお手伝いができたり、「緑をきっかけに気持ちって変わるんだね」みたいなことをお伝えできたりするんじゃないかなと思って活動しています。

『全国都市緑化かわさきフェア』の役割とは?

ー次は『全国都市緑化かわさきフェア』が開催される意味と、その実施方法について振り返りました。

涌井:

これまで環境保護においては脱炭素化だけを目標として考えていたと思うんです。しかし昨年のCOP15でネイチャーポジティブ、つまり自然から反転して文明を考えようというメッセージが提唱されました。より自然を中心にした社会構造になって、そうなればなるほど緑の価値は高まるわけです。100周年を迎えた川崎で41回目の都市緑化フェアが開かれるというのは、そういう新しい機運を含めたものであればいいなと。そして2027年には横浜で国際園芸博が37年ぶりに開催されますので、その序章としても非常に意味が奥深いんじゃないかと思うんです。

福田:

今回の都市緑化フェアでは南部、中部、北部と3会場で行い、それぞれテーマを持って開催するんですね。川崎市は「鰻の寝床」に称される細長いところなので、工業地帯のある南部と豊かな自然の残る麻生区のような北部では地域の特徴がかなり違います。南北を移動することはあまりないと思うので、是非それぞれの緑を体感して参加するという形になれば面白いかなと。このセッションのテーマでもある花と緑とアート、これらはお互いに親和性があって、多様性を高めるためにもより触れられるようにしていきたいと考えています。

蜷川:

素晴らしい考えですね。アートも美術館だけでは来る人が限られてしまうので、触れられるポイントが多ければ多いほど好きな方もどんどん増えていきますから。小さい子どもの頃からそういったものに触れていれば、それだけ感性も広がっていくものですし。いろんなアートが街中にあったり、あちこちで参加できる催しがあったりしたら、住んでいる人の生活は豊かなものになっていくと思います。

涌井:

景観の多様性で考えると、川崎はいろんな光景が見られる街でもありますね。コンビナートでは世界に類を見ない工場夜景が望める。その一方で、麻生区の奥に行けばゲンジボタルの飛ぶところが観察できる。文明的な光と自然的な光が共存している地域ですね。

これからも、違いを豊かさとする街へ。

ー最後は川崎の将来像について。多様性を持つことの大切さとともに、どういった街でありたいかを福田市長が語りました。

涌井:

今の子どもたちが30年後に川崎をどんな街として受け入れていくか。それがとても重要で、その頃にはもっとグローバル化も進んでいるでしょうし、もっとさまざまな価値観が混在した世界になる。そのときに子どもたちが迷わないよう、自分の意思で選択できる。そうした子どもを育むフィールドとして、川崎は相応しい場所だと私は考えています。

蜷川:

私も、いろんな選択肢があって、自分がやりたいことを胸張って言えるような世界になったらいいなと思います。私の家では演出家の父が「全然みんなと違っていいんだよ」と言ってくれて、違うことを何も恐れずに育ったんですよね。それはすごくよかったなと思っています。自分の責任を持って自分の考えで生きていく。その考えが人と違っても大丈夫だし、いろんな違うことを許容しながら生きるって面白いよね、ってことを父から教えてもらいました。そういう未来になっていったらいいと心の底から思いますね。

涌井:

福井市長から最後に川崎の将来像について、語りかけていただくと嬉しいんですが。

福田:

実花さんの言う通り「違っていいんだよ」というのが大事だなと思います。涌井先生が川崎の寛容さの話をしましたけど、川崎は非常に受容力の高い街だと思うんですね。今年は東海道の川崎宿ができてから400年の節目でもあります。川崎は外から入ってくる人に対してウェルカム感があって、出ていく人にもウェットな部分があるんです。「それって何なんだろう?」とずっと考えていたんですけど、意識するにつれて「あ、宿場町か」と。宿場町が持っている人もものも情報も交差する拠点というのは、受容性や寛容さがないと成立しない。しかも「全部混ぜてしまえ」ではなく、それぞれの色がありながらも自律している、違いを豊かさとして価値としてきた場所なんですね。それをこれからも正々堂々と、都市の誇りとして言っていくことが将来の川崎を世界に誇れる街にしていく上で大事だと捉えています。

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